祖父の天気予報

  私の母方の祖父は、若い頃から難病の関節リウマチのために、歩くことが困難になり、やがて這い回ることもできなくなって、私がものごごろつくころには、座ったきりの生活でした。

  祖父は旧制の小学校しか出ていませんが、得意技は「天気予報」でした。長年、病床から見える「万年山」を観察しながら山の姿や色や雲のようすなどから、翌日の天気はどうなるのかを関連づけてきたのでした。

ある日小学校の先生が相談に来ました。その年は長い秋雨で、運動会の開催が危ぶまれていたのです。祖父は、直近の日曜日にやらないと、雨が続くと予報しました。小学校では、祖父の助言通りに実施しましたが、その日を見送った近隣の小学校はその後、1ヶ月間、運動会ができなかったそうです。

 祖父は、その家の嫁の手厚い介護の下で82歳まで生きることができました。昔の大家族にはそれだけの「介護力」があったのです。

現在、超高齢化社会を迎えて、家庭で看護や介護をしなければならない方向へ制度が変わっていきます。来年4月からは、『要支援』の方は介護保険のサービスが受けられなくなります。反対に「家庭」は、みな働いているなどで介護力が落ちており、それを補う「地域力」がますます必要になってきました。

そして何よりも、自立した生活を送るための「健康寿命」を伸ばそうとする私たち一人ひとりの覚悟や努力が不可欠になっていくと思います。

 

 

一期一会 道の話~昔の道と『見守り』 

福祉で、「自助・共助・公助」という言葉がよく使われるようになりました。昔は、

高齢者の介護は、もっぱら「自助」で、家庭で面倒見るのが当たり前でした。そ

の際に、ご近所でそれを助けるという形で、「共助」がそれを支えていました。

介護保険制度が出来てからは、体などが不自由になったお年寄りを、施設に

預ける「公助」が増えてきました。

最近は、急激な少子高齢化のために、又元に戻す動きがあります。しかし、

いったん家庭を離れたものは、なかなか元には戻りません。共働きの必要な

家庭が多くなってきたためです。こうなると、ご近所の見守りと生活支援という

形の「共助」が大きな役割を果たしていくことになりそうです。

 

昔の道と見守り

昔の農村の道は集落と集落を結んで続いていただけでなく、集落内では、家と

家を繋いで、全ての家を通っていたのです。農地を無駄にしないやり方でした。

どの家も通って行けるというのは便利なようですが、不便な面もありました。

離れた集落に行く場合に、くねくね曲がった道は無駄な行程のために、歩く距離

が長くなってしまうからです。

その不便を改善するために集落の真ん中を貫く大きな道路を通すようになり

ます。私の住む集落でも生まれた頃に真っ直ぐな道が出来ました。私は五歳の頃

にそこで、自転車に轢かれました。自転車も結構飛ばすようになっていたのです。

それだけ便利になったということでしょう。

しかし、大きな道が出来て、皆がそれを使うことで失われたこともあります。今は

中央の道を通るのが当たり前で枝分かれした昔の道は用がなければ入り込むこと

がありません。ご近所の関係も希薄になり、孤独死の原因にもなると思います。

昔は、ちょっと歩けば、結構な数の家の前を通ることになります。ある家に異変が

あれば、誰かがその日のうちに気づいてくれたことでしょう。プライバシーは大切

ですが、昔の道は「見守り」では絶対的な力を発揮しました。

現代も、そんな過去の人間の「心の有り様」に学んでいきたいものです。